ルイガノ旅日記

2025年5月、gooブログから引っ越してきました。

世界一周航空券の旅~ロンドン①

旅の備忘録、前回はボストン・ローガン国際空港からロンドンに向かうブリティッシュ・エアウェイズの機内まででした。
私たちが搭乗したエアバス380は、定刻より20分早くヒースロー空港ターミナル5に到着。この日のロンドンは、快晴とまではいかないものの、そこそこ上天気のようです。機内では4時間近く眠れたので気分もすっきり。これから約3週間のヨーロッパ滞在、幸先のよいスタートを切れました。

 

ヒースローは、パリのシャルル・ドゴールやアムステルダム・スキポールと並んで、ヨーロッパ最大級のハブ空港。T2~T5の四つのターミナルを運用しており、T5はブリティッシュ・エアウェイズの専用ターミナルとなっています。

 

全面ガラス張りで採光のよいターミナル5。バゲージクレームでスーツケースをピックアップし、「Under Ground」の標識に従って進みます。ロンドンの地下鉄やバスは、アメリカと同じくスマホやクレカのタッチ決済OK。しかも、一日の上限を定めるCAP制を採用しているので、旅行者にはとても便利です。ターミナルは広いけれど、案内がしっかりしていて人の流れはスムーズでした。

 

ヒースロー空港から市内に向かう公共交通機関は、早くて快適なエリザベスラインもありますが、私たちは乗り換えを避けてピカデリーラインでホテルに向かいました。

 

日本の地下鉄に比べるとコンパクトな車内。手を伸ばせば、向かいの席の人と握手できるほどの距離でした。

 

キングスクロス & セントパンクラス駅で下車。地上に出てみると、目の前にキングスクロス駅(鉄道駅)。どっしりした石造りの建物とアーチ状のガラス窓が印象的な駅舎です。

 

1852年に開業したキングスクロス駅は、イギリス東海岸を走るイーストコースト線の終着駅で、ケンブリッジやスコットランドのエディンバラなど、イギリス北部とロンドンを結んでいます。

 

キングスクロス駅と言えば、映画『ハリー・ポッター』で魔法魔術学校行きのホグワーツ特急が発着する場所。駅の改札を出たところには仮の9・3/4ホームが設えられて、人気の撮影スポットとなっています。エンジのベストを着た人が魔法の杖やマフラーの貸し出し、自撮りポーズのアドバイスをしていました。

 

キングスクロス駅に隣接するセントパンクラス駅は、国内の複数の鉄道路線のターミナル駅であるとともに、パリやブリュッセルなどヨーロッパ主要都市とイギリスを結ぶユーロスターの始発・終着駅。このため、正式名称は「セントパンクラス・インターナショナル」と言います。ここからパリ北駅までわずか2時間15分。ロンドン・パリの移動は、飛行機よりもユーロスターが圧倒的に便利そうですね。

 

まるで宮殿のような趣きのセントパンクラス駅。堂々たる風格に感動し、思わず声が出ました。
キングスクロスとセントパンクラス、ふたつの主要な鉄道駅の地下は、多くの地下鉄が発着するキングスクロス & セントパンクラス駅になっていて、全体で一つの大きなコンコースとして機能しています。周辺にはバス停も数多く、私たちのロンドン滞在間、ここが最も便利な最寄り駅となりました。

 

ホテルに荷物を預けて、初日のロンドン観光がスタート。こちらはもう一つの最寄り駅、地下鉄ピカデリーラインのラッセルスクエア駅です。

 

地下鉄ピカデリーライン、グリーンパーク駅で下車。公園を抜けてバッキンガム宮殿に向かいました。宮殿の正面に建てられているのは、大英帝国の全盛期、1837年から64年間にわたって在位したヴィクトリア女王を讃えるメモリアルです。
この日は水曜日。一般的には月水金の11時から衛兵交代式が行われるのですが、後で調べて見ると、この週は月曜だけしか予定がありませんでした。大勢の観光客が集まっていましたが、私たちと同じくリサーチ不足だったようです(笑)

 

馬上で警備にあたる姿は凛々しくも穏やか。蹄の音を響かせながら歩を進める馬にも、逞しさと気品が感じられました。

 

ヴィクトリア記念碑からトラファルガー広場までまっすぐ伸びる道は「ザ・マル(The Mall)」。イギリスの国家行事において中心的な役割を果たす通りで、儀式の際には道路の両側にズラリとユニオンジャックが並びます。2年前、天皇皇后両陛下が訪英された折り、日章旗とユニオンジャックが交互に翻るザ・マルを、国王王妃両陛下とともに馬車でバッキンガム宮殿に向かわれました。とても印象的なシーンでしたが、それがこの並木道だったのですね。

 

ザ・マルの南側に広がるセントジェームズパークを散策しながら、テムズ川方向に向かいます。
グーグルマップを見ると、バッキンガム宮殿を中心に東はセントジェームズパーク、北及び西はグリーンパーク。さらにその北西には広大なハイドパークやケンジントン・ガーデンズと、緑ゆたかな公園が連なっているのがわかります。

 

多くの王室行事が執り行われるウェストミンスター寺院。11世紀以降、歴代国王の戴冠式はすべてこの場所で行われてきました。現在の建物は13世紀に再建されたもので、隣接する聖マーガレット教会、ウェストミンスター宮殿(国会議事堂)と共に世界遺産に登録されています。

 

ウェストミンスター寺院には、歴代君主や王族、政治家のみならず、ニュートンやダーウィンなど多くの著名な民間人が埋葬されています。

 

ヴィクトリア通りを挟んでウェストミンスター寺院の向かいにあるメソジスト・セントラルホール。教会としてだけではなく、コンサートをはじめ様々な用途で使用される多目的ホールだそうです。

 

ウェストミンスター宮殿はその名のとおり、16世紀前半まで歴代イングランド王の居城でした。その後は国会議事堂として使用されますが、1834年の火災によりウェストミンスターホールを除いてほぼ全焼。現在のゴシック様式の壮麗な建物はその時に再建されたものです。

 

反対側(西)から見たウェストミンスター宮殿。写真ではわかりにくいですが、中央手前にある建物が、焼失を免れ中世の姿をそのまま残すウェストミンスターホールです。

 

宮殿北端に併設された、高さ96mの時計塔ビッグベン。2012年、故エリザベス女王の在位60年を記念して、正式名称は「エリザベス・タワー」となりましたが、今も昔も変わることなく、押しも押されもせぬロンドンのランドマークです。

 

ロンドン初日の夜は、ニューヨークに続き今回の旅で2度目のミュージカル。地下鉄ヴィクトリア駅を降りると、目の前がアポロ・ヴィクトリア劇場です。

 

アポロ・ヴィクトリア劇場は1930年創業。席数2,300を超える大きな劇場で、開業以来『サウンド・オブ・ミュージック』や『屋根の上のヴァイオリン弾き』などの人気作品が上演されてきました。中でも『Wicked』は2006年の初演以来、20年に亘ってこの劇場のロングラン記録を更新し続けています。

 

ニューヨーク・ブロードウェイと並ぶミュージカルの聖地と言われるロンドン。『レ・ミゼラブル』や『オペラ座の怪人』など魅力的な作品が多く上演されていますが、私たちはアポロ・ヴィクトリア劇場の『Wicked』に決めました。

 

そこで、日本にいる間に映画1作目の『ウィキッド ふたりの魔女』を、羽田-NYCの機内で2作目『ウィキッド 永遠の約束』を観て予習しておきました (^^ゞ

 

期待を裏切ることなく、映画『Wicked』で観た世界が、生の舞台ならではの臨場感で表現されていました。音楽も舞台装置も本当に素晴らしかったです。

 

外に出ると、アポロ・ヴィクトリア劇場がエルファバ・グリーンにライトアップされていました。

 

『Wicked』は休憩を挟んで2部構成。あっという間に3時間が過ぎていきました。次回は大英博物館やセントポール大聖堂、高層展望台から眺望するロンドンの街並みなどをアップする予定です。

”カフェ”に集う芸術家@三菱一号館美術館

7月下旬、同期生の春季叙勲のお祝いのため東京に行ってきました。せっかくの機会なので、現役時代長くC国に関わってきた彼の経歴や、なかなか表立っては話せないリアルな体験秘話をたっぷり3時間ほど情報共有。その後は例によって反省会と称した懇親会に突入し、8時間に及ぶ同期会は大いに盛り上がりました(私を含めて一部の仲間は、日付が変わるまで酌み交わし、ほぼ12時間のマラソン同期会に……💦)。
(写真は大阪湾。関西国際空港を過ぎたあたりです)

 

翌日は少し遅めの便にして、三菱一号館美術館「Café~”カフェ”に集う芸術家 - 印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」を観てから帰路につきました。旅の備忘録はボストンからロンドンに移動中ですが、”カフェ”展の会期末(9月23日)が迫っているので、先にこちらをアップしたいと思います。

 

19世紀のヨーロッパと言えば、産業革命や都市化によって街も暮らしもガラリと変わった時代。絵画の世界も、それまでの歴史画や宗教画のようなフォーマルなものから、身近な日常を描くスタイルへと大きく変わっていきました。
今回の展覧会では、そんな19世紀後半のパリで生まれた作品130点を展示。面白いのは、「個々の画家」ではなく、彼らが集まって熱く語り合っていた「カフェ」にスポットを当てているところ。モネ展やゴッホ展とはまた違った角度から絵画を楽しめるのが新鮮でした。

 

◆第1章 カフェを描く◆ 伝統的なサロン芸術から印象派へ

《バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)》エドゥアール・マネ 1872年【ひろしま美術館】
宗教や神話、歴史などの伝統的なテーマにとらわれず、その時代に暮らす人々を数多く描いたエドゥアール・マネ。この絵では、印象派の女流画家 ベルト・モリゾを描いています。

 

《パリ、トリニテ広場》オーギュスト・ルノワール 1875年【ひろしま美術館】
カフェ・ゲルボワの常連だったマネを慕って、若き日のモネやルノワールなどが集い、芸術論を戦わせました。こうした交流が後の印象派の立ち上げに繋がっていきます。

 

《赤い服の踊り子》エドガー・ドガ 1897年【ひろしま美術館】
印象派の一人で、バレエを習う踊り子の作品を数多く残したエドガー・ドガ。マネとは生涯にわたる友人で、お互いに作品を交換しあう仲でしたが、時には諍いもあったそうです。

 

それを象徴するのが、自宅で寛ぐマネ夫婦を描いた《マネとマネ夫人》。ドガがマネに贈ったものですが、なぜかマネはその絵を切断してしまいます。ピアノを弾く妻の表情が気に入らなかったとか、ドガの透徹した画家の眼でマネ夫婦にただよう倦怠感まで描き出してしまったからとも言われていますが、真相は今も闇の中。ちなみにこのいわくつきの絵は、北九州市立美術館が収蔵しています(今回の”カフェ”展とは関係ありません)

 

《舞台裏-青のシンフォニー》ジャン=ルイ・フォラン 1900-23年頃【大原美術館】
マネやドガ、印象派との関係が深かったジャン=ルイ・フォラン。舞台に上がる前の踊り子たちの緊張と不安が伝わってきますね。

 

《ポン=ヌフ》カミーユ・ピサロ 1902年【ひろしま美術館】
マネやモネ、ルノワールと親交があり、印象派の創設者の一人とも評されるあるカミーユ・ピサロ。ポン=ヌフはパリ発祥の地とされるシテ島(ノートルダム大聖堂がある、セーヌ川の中州のような島)に架かる橋です。

 

《サン=マメス》アルフレッド・シスレー 1885年【ひろしま美術館】
典型的な印象派と称されるアルフレッド・シスレー。戸外制作にこだわり、首尾一貫して風景画を描きました。

 

《ムーラン・ド・ラ・ガレット》レオン・ジャック 1862-68年【町田市立国際版画美術館】
ムーラン・ド・ラ・ガレットはパリ・モンマルトルにあったダンスホール。「ガレットの風車」という名が示すとおり、元々は小麦を挽くための風車小屋を改装したもので、多くの芸術家たちがこの店に集まりました。ルノワールもその一人で、35歳の時に《ムーラン・ド・ラ・ガレットの舞踏会》を描き、第3回印象派展に出展。高い評価を受けました(オルセー美術館所蔵)。

 

◆第2章 夜のカフェ◆ 歓楽街の日常を描いたシェレ、ロートレック

19世紀末になると、「ムーラン・ルージュ」や「シャ・ノワール」といったキャバレーやミュージックホールがパリの夜を華やかに彩りました。そんな世紀末、シェレやロートレックが描いたポスター広告が一躍注目を浴び、街角の芸術として認知されるようになります。

《ロータスの花~フォリー・ベルジェール》ジュール・シェレ 1893年【京都工芸繊維大学美術工芸資料館】
街角の芸術の中心であり、ポスター美術の開拓者となったのが、ジュール・シェレでした。「フォリー・ベルジェール」は19世紀末から20世紀初めにかけて絶大な人気を誇ったミュージックホール。マネやロートレックもこの店を描いています。

 

《ムーラン・ルージュの舞踏会》ジュール・シェレ 1889年【サントリー・ポスターコレクション】
当時のパリを代表するキャバレー、ムーラン・ルージュの開業を記念して制作されたポスターです。

 

《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》アンリ・トゥールーズ=ロートレック 1891年【三菱一号館美術館】
ムーラン・ルージュの開店を記念するポスターは、ロートレックにも依頼されました。シェレの華やかなポスターとは異なる、簡潔な線と大胆な構図は見るものに強烈な印象を与え、ロートレックは一躍、時代の寵児となっていきます。

 

《ディヴァン・ジャポネ》アンリ・トゥールーズ=ロートレック 1893年【三菱一号館美術館】
ディヴァン・ジャポネは「日本風の長椅子」を意味し、当時流行したジャポニズムを取り入れたキャバレー。中央はカンカン・ダンサーのジャヌ・アヴリル。その横の紳士は、批評家で社交界の名士 エドゥアール・デュジャルダンだそうです。

 

《マルセル・ランデール嬢、胸像》アンリ・トゥールーズ=ロートレック 1895年【三菱一号館美術館】
奔放でダイナミックな演技で人気を博したマルセル・ランデール。自らもモンマルトルの歓楽街に身を置いたロートレックは、何度も舞台に足を運んで彼女を描きました。

 

『ラ・ルヴュ・ブランシュ』誌 アンリ・トゥールーズ=ロートレック 1895年【三菱一号館美術館】
ラ・ルヴュ・ブランシュは1889年、ベルギーで創刊された前衛芸術雑誌。水玉模様のドレスに身を包み、大きな飾り付きの帽子をかぶった女性。スケートをしている姿を描いたものだそうですが、とてもそうは見えませんね。
それにしても、三菱一号館美術館のロートレック・コレクションの充実ぶりには目を見張るものがあります。一部しか紹介できませんでしたが、魅力的な作品ばかりでした。

 

《モンマルトルの風車》フィンセント・ファン・ゴッホ 1886年【アーティゾン美術館】
郷里オランダを離れ、弟テオを頼ってパリに移り住んだゴッホ。ゴッホもモンマルトルを拠点にした芸術家のひとりで、ロートレックとは同じアトリエで学んだ間柄でした。
ゴッホが描いたムーラン・ド・ラ・ガレット。当時のモンマルトルは都会と田舎の端境。煌びやかなカフェ文化が花開く一方で、周囲には田園風景が広がる素朴な場所でもありました。ロートレックをはじめ多くの画家が賑やかで華やいだカフェを描いたのに対し、ゴッホが目を向けたのは、ガレットの裏手に広がる静かな菜園風景。いかにもゴッホらしいなぁと思います。

 

《ジスモンダ》アルフォンス・ミュシャ 1894年【京都工芸繊維大学美術工芸資料館】
19世紀のポスター芸術でロートレックと並び称されるミュシャ。女優サラ・ベルナールの公演のために制作されたこの作品はパリで大人気となり、これ以降ミュシャはサラの専属デザイナーとなりました。「ジスモンダ」とはサラが主役を演じた舞台のタイトルです。

 

当時のモンマルトルの風景やカフェの様子を紹介するビデオを上映するコーナー。

 

”カフェに集う芸術家”ゆかりのカフェやアトリエなどを紹介したパリ市街図。

 

◆第3章 シャ・ノワールとクアトロ・ガッツ◆ パリからバルセロナへ

《シャ・ノワール 巡業公演》テオフィル・アレクサンドル・スタンラン 1896年【京都工芸繊維大学美術工芸資料館】
詩の朗読や音楽、美術展示、影絵芝居などで人気を博した芸術カフェ、シャ・ノワール(Chat Noir:黒猫)。その巡業公演のために制作されたポスターが話題を呼び、この黒猫が店の象徴的アイコンとなりました。

 

《マドレーヌ》ラモン・カザス 1892年【ムンサラット美術館】
右手に煙草を持ち、テーブルに片肘をついた女性は、通称マドレーヌ。ムーラン・ド・ラ・ガレットに出入りしていた実在の人物で、ロートレックや他の画家の作品にもモデルとしても登場します。

 

スペイン・カタルーニャ出身のカザスは、パリのシャ・ノワールに影響を受け、画家仲間とともに地元バルセロナに”クアトロ・ガッツ(4匹の猫)”を開店。これをきっかけとして、若き日のピカソをはじめ多くの画家がパリとバルセロナを行き来して、お互いに影響しあうようになりました。

 

《カンカン》パブロ・ピカソ 1900年【ひろしま美術館】
1900年、ピカソは初めてパリを訪れ数か月滞在。この時期、ドガやロートレック、ルノワールらの影響を受けました。中でもこの《カンカン》は、ロートレックの影響が顕著に表れています。

 

《エグランティーヌ嬢一座》アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 1896年【ひろしま美術館】
こちらはロートレックが描いたフレンチ・カンカン。構図は似ていますが、印象はずいぶん違いますね。

 

《酒場の二人の女》パブロ・ピカソ 1902年【ひろしま美術館】
ピカソの「青の時代」の代表作。酒場の華やかさや賑わいではなく、バーカウンターに腰かける二人の女性の沈鬱な空気感が感じられます。

 

《青いブラウスの婦人像》アメディオ・モディリアーニ 1910年頃【ひろしま美術館】
1906年にパリに移住したモディリアーニは、モンマルトルの画家たちと交流があったそうです。特に説明はありませんでしたが、それが今回の”カフェ”展に出品された理由かと思います。気に入った絵だったので、上部が反射してしまったのが残念です (^^ゞ

 

シャ・ノワール(黒猫)やクアトロ・ガッツ(4匹の猫)にちなんで、会場の様々な場所に黒猫やその影がモチーフとして使われていました。

 

《ムーラン・ド・ラ・ガレット》モーリス・ユトリロ 1910年頃【ポーラ美術館】
パリの下町風景を詩情ゆたかに描いたユトリロ。モンマルトルで生まれ育ったユトリロにとって、ムーラン・ド・ラ・ガレットは身近な存在だったのかもしれません。

 

羽田からJAL便で福岡に戻ります。前日の同期会、この日の「”カフェ”に集う芸術家」展と、今回の東京も充実した2日間でした。

 

三菱一号館美術館とひろしま美術館が協力して開催した「”カフェ”に集う芸術家」展。画家たちの交流の場だったカフェにスポットを当てるという、かつてない切り口が新鮮でした。また、展示された130点は、《マドレーヌ》などごく一部を除き、日本国内の美術館からの出品で構成されていた点も素晴らしかったと思います。

 

世界一周航空券の旅~ボストン②

雲ひとつない青空が広がったボストン3日目の朝。私たちは、この日の夕方の便で東海岸を離れてロンドンに向かいますが、振り返ればニューヨーク、ワシントンDC、ボストンと天候に恵まれた10日間だったなぁと改めて感謝の気持ちがわいてきました。
出発までの時間、もう少しボストンの街を散策し、名残りを惜しみたいと思います。朝食はやはりTatte Bakery & Cafe。この日は、地下鉄ステート駅すぐ傍のOne Boston Place店に行きました。

 

グーグルマップでは朝7時半開店となっているのですが、10分前には既にお客さんがいっぱい。イートインだけではなく、テイクアウトする人(それも大量に。職場の人たちの分をまとめ買い?)も多かったです。

 

卵やチェダーチーズ、トマトにルッコラ、アボカドなどを挟んだクロワッサンサンドイッチ。ボリュームたっぷりで美味しかった~ヽ(^o^)丿

 

左は季節限定で、Tatteお勧めののOrange Blossom Vanilla Cold Form Cold Brew。右はベリーたっぷりのフルーツグラノーラ的なもの。詳しくは覚えていません (^^ゞ

 

地下鉄ブルーラインからグリーンラインに乗換え、コプリー駅で下車。そのすぐ隣には、1873年に建てられたオールド・サウス教会。起源を遡ると1669年で、アメリカで最も古い宗教コミュニティのひとつだそうです。

 

こじんまりとした協会ながら、四方を囲むステンドグラスが印象的でした。

 

繊細に描かれたステンドグラス。

 

ボイルストン通りを挟んで向かいにあるのは、1848年に創設されたアメリカ最古の公共図書館。ルネッサンス様式の荘厳な石造りの建物です。

 

美術館や博物館のような正面入口。

 

エントランスに足を踏み入れると、細かな装飾が施された重厚感がただよう天井。正面奥には、なだらかで優美な階段。まるで一枚の絵画のようです。

 

階段の踊り場には2体のライオン像。

 

階段を上ると、アーチ型の天井や幾何学模様の窓(正面入口から見えた窓ですね)が美しい閲覧室(Bates Hall)。読書しておられる皆さんの邪魔にならないよう、そっと見学させていただきました。

 

中でも印象的だったのは、モスグリーンのスタンドライト。ただでさえ美しいBates Hallが、尚いっそう幻想的な雰囲気に……。

 

ボストン公共図書館は、建物や装飾だけでなく、石造りの回廊が取り囲むコートヤード(中庭)もまた秀逸。ベンチやテーブルなども置かれており、本を読んだりパソコン作業をしたり、軽食をとる人もちらほら。

 

噴水もある明るく静かな空間。ここでコンサートが開かれることもあるのだそうです。

 

コプリー・スクエアパークを挟んでボストン公共図書館の反対側にあるのは、元々は1877年に建てられたトリニティ教会。花崗岩と砂岩で造られた荘厳な外観の歴史ある教会です。

 

内部には美しいステンドグラスが施され、7,000本を超えるパイプを持つパイプオルガンが神秘的な音色を奏でるそうですが、残念なことにこの日は一般に開放されていませんでした。

 

続いて、ビーコンヒルと呼ばれるエリアを主体にボストンの街並みを散策します。このあたり一帯は、ボストンコモンやパブリックガーデンの北に広がる瀟洒な住宅街。写真は、この街を東西に貫くメインストリート、マウント・ヴァーノン通りです。

 

かつて、この高台にかがり火(ビーコン)が焚かれていたことが地名の由来。ボストンのなかでも古くから発展した地域で、煉瓦づくりの建物や石畳がその歴史を物語っています。

 

古き良きボストンの趣きを残す黒いよろい戸や窓枠、優美なガス灯。

 

揺らめくガス灯の灯かり。この時はまだ午前中でしたが、夕方ともなれば尚いっそうロマンティックでしょうね。

 

木陰が広くて、ボストンの他のエリアを歩くよりも、心もち涼しく感じられました。

 

インスタ映えスポットとして知られるエーコン・ストリート。ボストンの絵葉書やパンフレットにも使われているそうです。(ただ、写真左上の注意書きにあるとおり、あくまで私道なので観光客にも節度が求められます。私たちは、別の通りを迂回して反対側に回りました)

 

昔ながらの石畳が印象的な、ひっそりとした小径です。(上の写真とは反対側、ウェスト・シダー通りからの眺め)

 

ビーコンヒルを東西に抜けるマウント・ヴァーノン通りに対して、こちらはビーコンヒルを南北に走るチャールズ通り。

 

落ち着いた佇まいながら、上品なショップやギャラリーが点在するチャールズ通りは、住宅街とは違って少し華やいだ雰囲気があります。

 

チャール通りを進むと、ボストンコモンとパブリックガーデンが接する場所に突きあたります。(写真はパブリックガーデン側の入口)

 

パブリックガーデンは1839年、アメリカで最初の公共植物園として誕生しました。

 

入口近くにあるカモの親子の像。この公園を舞台にした童話『Make Way for Ducking(カモさん おとおり)』をモチーフとして作られたそうです。

 

池(ダックポンド)を滑るように進むスワンボートは、ボストンの夏の風物詩。

 

パブリックガーデンは、ボストンコモンと並ぶ都会のオアシス。市民の憩いの場となっています。

 

ダックポンドのほぼ中央に架かる橋は、”Foot Bridge”と呼ばれます。

 

Foot Bridgeから北方向の眺め。池の周りにはシダレヤナギ、遊歩道沿いにはトチノキやメタセコイア、ブナやイチョウなど多彩な樹木が植えられています。

パブリックガーデンは映画『グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち』のロケ地で、トラウマを抱えた青年ウィル(マット・デイモン)に、ウィルのセラピーを任されたショーン(ロビン・ウィリアムズ)が静かに語りかけるシーンが撮影されました。二人が座っていたベンチは、上の写真で池が少しくびれた辺りにあり、ロビン・ウィリアムズが亡くなった後、映画の記念として保存されているそうです。

 

Foot Bridgeを渡ると、大陸軍(植民地軍)の司令官として独立戦争を戦い、後に初代大統領となったジョージ・ワシントンの騎馬像があります。

 

前回の記事にも書きましたが、ボストンには「全米最古」と言われるものが多く存在します。市民に「T(ティー)」の愛称で親しまれる地下鉄もその一つ。なんと開業は1897年で、130年近い歴史があります。ブルー、レッド、オレンジ、グリーンの4系統が比較的コンパクトなボストン中心部を網羅しているので、どこに行くにも非常に便利でした。

 

中でも一番古いのがグリーンライン。ただ、コプリー駅より西側は、同じグリーンラインでも、行先がさらに細分化するのでわかりにくく、初心者はもちろんボストン市民でも戸惑うことがあるそうです。

 

3日間のボストン散策を終えて、ボストン・ローガン国際空港からロンドンに向けて出発します。

 

ブリティッシュエアウェイズBA212便は、19時半にボストンを出発して、翌朝7時10分ヒースロー空港に到着予定です。フライトタイムはわずか6時間半。羽田ーニューヨークは13時間でしたから、太平洋に比べると大西洋は狭いですね。

 

セキュリティチェックを抜けて制限エリアへ。出国審査がないのでスムーズでした。

 

ブリティッシュエアウェイズのラウンジ。いろんなタイプの部屋がありましたが、どこも広くてゆったり。全体としてかなりのスペースを確保しているようです。

 

搭乗開始までの時間、軽くつまみながらビールとワインを楽しむことにしました~🍷

 

サラダやアミューズ。

 

種類は多くありませんでしたが、ホットミールも次々と補充されていました。

 

何のスープだったか忘れましたが、美味しかったことだけ記憶にあります (^^ゞ

 

サミュエル・アダムズはボストン発祥の老舗ビールメーカー。20数年前ハワイで暮らした頃は、今ほどクラフトビールが普及していなかったので、これをよく飲んでいました。懐かしい味です🍺

 

妻は野菜とフルーツをメインに。

 

その後、すぐにデザート系に移行していました(笑)

 

駐機中の飛行機を眺めながら、搭乗時間が近づくまでゆっくり過ごしました。

 

夕焼けに染まるエアバス380-800。いよいよ、初めて大西洋を渡ります。

 

窓際は前向きと後ろ向きが互い違いに配置。中央は前向き横並びというシート配列でした。私たちは、妻が窓際の内側、私が通路を挟んで中央席。ちょっと不自由な座席になりました。

 

欲を言えば窓際の対面シート。せめて中央の横並びであれば良かったのですが、ブリティッシュエアウェイズは、チェックインするまで座席を指定できないのです(有料オプション)💦

 

機内食は基本どれも美味しく、残さず完食しました。

 

メインはパスタ・カヴァテッリをチョイス。ナスのカポナータにモッツァレラチーズ、パン粉がかかっています。パスタのもっちりとした食感がよかったです。

 

デザートは洋梨入りのヘーゼルナッツプディング。

 

妻は食事をスキップし、コーヒーとデザートだけにしたようです。

 

朝食はトマトとベーコン、チェダーチーズ、スクランブルエッグのマフィン。奥はチョコレートチップマフィンとバニラアイス。

 

 

ニューヨーク・ワシントンDC・ボストン……東海岸3都市をめぐる旅。失敗やリサーチ不足、思わぬハプニングもありましたが、幸い天候に恵まれ、いろんな経験もできて充実した10日間でした。アメリカ編はこれで終わりますが、ワンワールド世界一周航空券の旅はもう少し続きます。ブログ更新はのんびりモードですが、最後までお付き合いいただけたら幸せます。(「幸せます」は私の出身地、山口県防府市の方言です……笑)

世界一周航空券の旅~ボストン①

ずいぶん間が開きましたが、アメリカ東海岸の旅の続きです。
ワシントンDCから約1時間半、ボストン・ローガン国際空港ターミナルBに到着しました。ローガン空港は明るくカジュアルな雰囲気。各ターミナルから地下鉄レッドラインやブルーラインへの無料バスやシャトルが頻繁に運行され、ダウンタウンまでトータル15~20分と交通至便な空港です。

 

ところが、バゲージクレームで予期せぬハプニング。妻のスーツケースは真っ先にターンテーブルに出てきたのですが、私のは一向に現れません。スマホでエアタグの位置情報をチェックすると、どうやらワシントンDC・レーガン空港で置き去りになったらしい~💦 過去にはハワイ島からホノルル空港への移動で経験したことがあるのですが、それ以来、20数年ぶりのロストバゲージとなりました。

 

カスタマー・アシスタンスでロスバゲ手続き。メールアドレスやボストンでの宿泊先など必要事項を書類に記載し、アメリカン航空からの連絡を待つことにしました。

 

そんな訳で少し遅くなりましたが、ホテルに向かいます。ターミナルBからシャトルバスで地下鉄エアポート駅へ移動し、ブルーラインでホテル最寄りのステート駅へ。
この時は気付かなかったのですが、この建物は旧マサチューセッツ州会議事堂(オールド・ステート・ハウス)。現存するボストン最古の公共建築物で、フリーダムトレイルを構成する歴史的建造物のひとつとなっています。(右隅が地下鉄の入口)

 

ボストンではクラブクォーターズ・ファニエルホールに宿泊。ステート駅から徒歩4~5分の好立地です。
夜8時ごろ、アメリカン航空から「ロストバゲージを配送中。本日中に届く予定」とメールがあり、ホッとひと安心。実際にスーツケースがホテルに到着したのは午前2時を回っていましたが、まぁ無事に届いたので良しとしましょう。 

 

翌朝、ダウンタウンに隣接する全米最古の公立公園、ボストン・コモンへ。1630年、宗教の自由を求めるピューリタン(清教徒)によって建設されたボストンは「アメリカはじまりの地」と呼ばれ、公園や地下鉄、図書館など、「全米最古」と言われるものが多いのです。
ボストン・コモンを起点として、アメリカの独立に関連する16の史跡を結んだフリーダムトレイル。まずはボストン・コモンから歩き始めて、建国の歴史を辿ってみたいと思います。

 

でもその前に、まずは軽く朝食をとることにしました。ボストン発祥の人気カフェ、Tatte Bakery & Cafe。この日は、ボストン・コモン前のEmerson店へ。

 

創業者はイスラエル出身で、地中海や北アフリカの要素を取り入れたメニューが特徴だそうです。私が週末の男子ごはんで作ったことのある「シャクシュカ」もメニューにありました。

 

クロワッサンやサンドイッチ、焼き菓子なども充実しています。

 

フリーダムトレイルの前に、広いボストン・コモン内を暫し散策。散歩やジョギングをする人、ベンチに座って寛ぐ人。それぞれに朝の時間を楽しんでいました。

 

ちょっと大きな東屋のような建物。グーグルマップには”Parkman Band Stand”とあります。バンドの演奏会などが催されるのかなぁ。

 

フリーダムトレイルの起点となるボストンコモン・ビジターセンター。ここでフリーダムトレイルの地図を入手できますが、この時間はまだオープンしていませんでした。

 

フリーダムトレイルのルートを示す赤レンガと金属板。これを辿っていくと、16の史跡を巡ることができます。

 

ボストン・コモンの北、ビーコンStに建てられた「ロバート・グールド・ショーとマサチューセッツ第54連隊の記念碑」。第54連隊はアフリカ系アメリカ人の義勇兵で構成された歩兵連隊で、その功績を称えるために建立されたものだそうです。

 

ビーコンStを隔てて向かいにあるのが、1798年に完成したマサチューセッツ州会議事堂。230年近く経た今も、現役で使用されています。

 

議事堂に向かって左側にはケネディ元大統領像。
ボストンと言えばJFKの出身地。実は私、若く颯爽としたケネディ大統領に子供ながらに憧れを抱いており、いつか機会があったらボストンを訪ねてみたいと漠然と考えていたのです。大学の卒論でキューバ危機をテーマにしたのも、そんなことが関係していたのかもしれません。はからずも今回の旅で、少年時代からの夢を果たすことができました (^^ゞ

 

白い尖塔が印象的なパークストリート教会。奴隷制度廃止運動の拠点となった歴史的な教会です。

 

独立宣言に署名したジョン・ハンコックやボストン茶会事件を主導したサミュエル・アダムズ、「真夜中の騎行」で知られるポール・リビアなど、アメリカ独立に関わりの深かった人物が埋葬されるグラナリー墓地。

 

石造りの重厚な外観が印象的なキングスチャペル。当時としては珍しい英国国教会の礼拝堂で、1688年に建てられた当時は木造だったそうです。

 

キングスチャペルの後ろの敷地は、1635年創立のボストン・ラテンスクール跡地。今は別の場所に移転しましたが、アメリカで最初に設立された公立学校であり、現存する最古の学校でもあります。ベンジャミン・フランクリン(卒業はしていないのだとか)、サミュエル・アダムズやジョン・ハンコックなど、建国に関わる多くの著名人を輩出しました。後方に建つのはボストン旧市庁舎。この建物自体はフリーダムトレイルのスポットとはされていませんが、木々の緑と相まってエレガントな雰囲気を湛えています。

 

敷地内左側には、建国の始祖と称されるベンジャミン・フランクリン像。(右手にはジョサイア・クインシー像があります)

 

ピューリタンの集会所として1729年に建設されたオールド・サウス集会所(Old South Meeting House)。イギリスに対する抗議集会の中心的役割を果たしました。ボストン茶会事件の直前にも、ここで市民集会が開かれていたそうです。

 

1713年に建設された旧マサチューセッツ州会議事堂。ボストンで最も古い公共建築物で、オールド・ステートハウス(Old State House)とも呼ばれます。1776年7月18日、建物右側に見えるバルコニーから、アメリカ独立宣言が初めて群衆に対して読み上げられました。今でも毎年、独立記念日(7月4日)午前10時にこのバルコニーの窓が開き、独立宣言書が読み上げられるのだそうです。

 

ここから、オールド・ステートハウスの横を南北に走るコングレスStを南下。いったんフリーダムトレイルのルートを離れて、1772年にボストン茶会事件が起きたボストン港に向かいました。

 

茶会事件があったグリフィンズ・ワーフの波止場は、その後埋め立てられて跡形もありません。その代わり、ボストン港に通ずるフォート・ポイント運河にボストン茶会事件ミュージアム(Boston Tea Party Ships & Meseum)が開設され、人気の観光スポットとなっています。(博物館の向こうに係留された黄色い船は、インドから植民地アメリカに茶葉を輸送していた東インド会社の帆船……という設定です)

 

博物館入口。手前側はおみやげショップになっています。

 

博物館前の観光案内板。ボストンのそこかしこに、歴史的なスポットが散在しているのがわかります。まさに、”History is just around the corner” ですね。

 

運河沿いのベンチに腰かけ、ミュージアムで買った紅茶キャンディを舐めながら少し休みました。

 

茶葉の輸送船から、白い茶箱が運河に放り投げられています。ボストン茶会事件の様子を観客に再現させる体験型アトラクションです。

 

パーチェスStとアトランティックAvに挟まれた広い緑道を北に歩いています。このあたりはボストンの金融街。近代的な二つの円筒形のビル、Two International Placeが印象的です。

 

角々に丸みを持たせた、年代を感じさせるビル。ニューヨークでも時々見かけた外階段が目を惹きました。グーグルマップによると、グレイン・エクスチェンジビル(穀物取引所)。1994年、ボストンのランドマークに指定されたそうです。

 

白い時計塔を設えた端正な四角いビルは、19世紀半ばに建設された税関庁舎、カスタムハウス・クロックタワー。

 

近づいてみると、「マリオット・バケーションクラブ」と表示されていました。今は、マリオット系列のタイムシェアになっているようです。

 

再びフリーダムトレイルの史跡に戻ります。
こちらは独立戦争の時期に建てられた集会場で、1743年から市場や会議場として使用されてきたファニエル・ホール。正面に建つ銅像はサミュエル・アダムスです。

 

ファニエルホール1階に掲示されていたパネルで、ボストンの二つのヒストリックなトレイルが紹介されていました。一つはもちろん、建国・独立の歴史を辿るフリーダムトレイル。もう一つは、黒人奴隷解放運動の中核となった史跡を巡るブラックヘリテージトレイル。私は全く知りませんでしたが、ボストン・コモンの北に広がるビーコンヒル(瀟洒な高級住宅街です)には、差別と闘った黒人たちの足跡を辿る史跡が点在しているのだそうです。

 

19世紀になると、ボストンの都市化が進みファニエルホールが手狭となったため、1826年、当時のボストン市長ジョサイア・クインシーが、新しいショッピングセンターの建設を計画。それがこのクインシー・マーケットです。同時に、この両側(北と南)に完成したノースマーケットとサウスマーケットを合わせて「ファニュエルホール・マーケットプレイス」と呼ばれます。

 

地元の名物を扱う様々な店が軒を連ねるクインシーマーケット。その1階は、さながら巨大なフードコートです。

 

ボストンと言えばシーフードが有名ですよね。

 

中でも、ロブスターロールやクラムチャウダー、オイスターは大人気。お昼どきともなれば、どの店も行列が絶えません。

 

私たちも、ボストン名物のロブスターロールとクラムチャウダーを注文。ロブスターはぷりっぷりで美味。クラムチャウダーもコクがあって味わい深かったです。

 

さて、再びフリーダムトレイルに戻ります。いくつかのスポットはパスすることにして、ファニュエルホールからバスで最終スポットのバンカーヒルに向かいました。

 

バスを降りてから10分ほど歩いてバンカーヒル記念塔へ。公園の手前にバンカーヒルミュージアムがありますが、残念ながらこの日は休館でした(月・火休)。

 

独立戦争初期の激戦、バンカーヒルの戦いを記念して建てられたバンカーヒル記念塔。294段の階段を上ると、四方の窓からボストン市街を眺望できるそうです。ミュージアムと同じく、この日は休館で内部には入れませんでした (^^ゞ

 

モニュメントの前に建つのは、バンカーヒルの戦いの英雄、ウィリアム・プレスコット大佐の銅像。

 

モニュメントの横には展示館が併設されており、バンカーヒルの戦いで戦死したジョゼフ・ウォーレン将軍の像や戦場を再現した模型などを見ることができます。

 

ボストン・コモンからスタートして、ボストンの歴史的スポットを辿るフリーダムトレイルは、このバンカーヒル記念塔が終着点。赤いレンガのラインもここで終わります。

 

寄り道しながらぶらぶら歩いたフリーダムトレイル。この日の散策を終え、帰りもバスでダウンタウンに戻りました。

 

写真は3年前、妻の友人から戴いたボストンのお土産。フリーダムトレイルをデザインしたコースターです。その時から、もしボストンを訪ねる機会があったら、是非このトレイルを歩いてみたいと思っていました。今回、その一端を巡ることができてよかったです。

 

アメリカ建国の歴史が息づくボストン。フリーダムトレイルを歩いて、「代表なくして課税なし」をスローガンに独立へと突き進んだ当時の熱気が感じられるような気がしました。
それだけではなく、ボストンは自然と都会が見事に調和した美しい街。天候に恵まれたこともありますが、どこを歩いても感動の連続でした。
次回は、赤レンガの建物が連なる歴史的な街並みを紹介します。

世界一周航空券の旅~ワシントンDC ②

世界一周航空券の旅行記、二つ目の都市ワシントンDCの続きです。

アメリカ合衆国議会議事堂を出て東側に見えてきたのは、「世界一の図書館」と称される米国議会図書館(Library of Congress:LOC)。1800年に創立されたLOCは、世界中のあらゆる知識・文化・情報を収集・保存しています。その膨大なコレクションは、議会や政府機関のみならず、一般市民に対しても開かれた世界最大規模の「知の公共財」。近年ではIT化・オンライン化が進み、誰でも世界中から資料を閲覧ができるそうです。何につけても、アメリカはスケールが大きいですね。

 

こちら側が正面になります。トーマス・ジェファーソン館、ジョン・アダムズ館、ジェームズ・マディソン記念館などで構成されるLOCは、建物自体のみならず内部の豪華な装飾も素晴らしいそうですが、今回は立ち寄る機会がありませんでした。

 

ナショナルモールの少し北を東西に走るペンシルベニア・アヴェニューNW。この日は何かイベントが行われていたようで、歩行者天国になっていました。ちなみにこの道、まっすぐ進むとホワイトハウスに突き当たります。

 

ナショナルギャラリー東館に寄って地下のカフェで休憩。アイスティーとピスタチオアイスでひと息つきました。

 

東館を出てナショナルモールを西へ歩くと、すぐにナショナルギャラリー(National Garallly of Art)本館が見えてきます。
ワシントンDCはどの通りも整然と美しく、ゴミひとつ見あたりませんでした。とりわけモール内は、樹木や芝生の緑が目にあざやかです。

 

ナショナルギャラリー本館正面。階段の人と比べると、建物の大きさがわかりますね(木々に隠れて見えませんが、建物の両翼が大きく左右に広がっています)。実際、モール周辺の建物やその敷地はめちゃくちゃ広くて、徒歩での移動はけっこう大変です。天候に恵まれたのはありがたいのですが、じりじりと強い日差しが体に堪えました💦

 

チェアに腰かけたシルクハットのおじいさん。そばに置かれたボードには、「Ask Me!」と書いてありました。ボランティアで、旅行者にワシントンDCの説明や案内をしてくれるようです。

 

モールの中央から東方向に、この日の朝ガイドツアーに参加したアメリカ議会議事堂が見えました。

 

ようやくスミソニアン航空宇宙博物館(Smithsonian National Air and Space Museum)に到着。入口はモール内のジェファーソン・ドライブSW側にあります。

 

予約時間の20分前。入口の両側にかなり行列ができていましたが、チケットの確認や保安検査がスムーズだったため、予約時間ぴったりで館内に入れました。


右上の赤い機体はベルX-1。テストパイロットの先駆者として名高いチャック・イェーガーが世界初の音速突破を記録した機体です。その奥、左の黒い機体は、マッハ6.7という有人機として世界最速記録をもつノースアメリカン X-15。収集した各種データは、その後の宇宙開発に大きく貢献しました。

 

2階から入口フロアを見下ろすと、先ほどのX-1やX-15をまた違ったアングルから見ることができます。史上初の音速突破を達成したX-1(中央奥)は、意外にもぼてっとした形状だったのですね。

 

私が一番見たかったのは、20世紀初めの航空黎明期、果敢に大空に挑んだパイオニアたちの展示です。
自転車屋を営みながら動力飛行の研究を続け、人間が制御する飛行機の時代を切り開いたライト兄弟(Wilbur & Orville Wright)。

 

1903年12月7日、人類初の動力飛行を果たしたライト・フライヤー号(Wright Flyer)。木と布で作られた機体に12馬力のエンジンを搭載し、写真のように、パイロットがうつぶせになって操縦するスタイル。実物が展示されているって凄いことですよね。

 

ライト兄弟の初飛行から24年後、一人の青年が単独で大西洋を横断するという快挙を成し遂げました。

 

青年の名はチャールズ・リンドバーグ、弱冠25歳。ニューヨーク-パリ間3,610マイル(5,800キロ)を、33時間30分かけて横断しました。映画『翼よ、あれが巴里の灯だ』は何度かリバイバルされたので、ご覧になった方も多いでしょうね。

 

単独無着陸大西洋横断飛行(漢字ばかりで読みにくい💦)で、リンドバーグの相棒となったスピリット・オブ・セントルイス号。約100年前に大西洋を飛び越えた、本物のセントルイス号を見ることができたのは本当に感動的でした。(ちなみに、来年の5月21日は、リンドバーグが大西洋横断飛行に成功してちょうど100周年にあたります)

 

その2年後、リンドバーグはアン・モローと結婚。アンは夫とともにパイロットの道を歩み、夫婦で航空の発展に寄与しました。リンドバーグ夫妻は1931年、パンアメリカン航空の依頼を受けて、北太平洋航路の調査に出発。ニューヨークからカナダ、アラスカを経て、アリューシャン列島沿いに南下し、日本、中華民国まで調査飛行を行いました。写真は、その時に夫妻が搭乗した水上機「チンミサトーク(イヌイット語で『大きな鳥のように飛ぶもの』)」。
日本で大歓迎を受けたリンドバーグ夫妻は、約1か月の滞在間、東京や日光、京都、奈良、福岡を訪ねたとのこと。最後は、福岡から台湾に向けて飛び立ったそうです。リンドバーグと福岡にそんな接点があったなんて知りませんでした (^^ゞ

 

スミソニアン航空宇宙博物館からはUBERを利用。交通規制の影響か、DC中心部を大きく迂回し、15分かけてリンカーン記念堂に到着しました。
記念堂も大きいですが、前の広場もかなりの広さです。

 

ギリシャ神殿を思わせる白亜のリンカーン記念堂。建物を取り囲む円柱は高さ10メートル。階段付近の人と比べると、その大きさが想像できますね。この円柱は全部で36本。リンカーン大統領が亡くなった時にアメリカ合衆国に加盟していた州の数を表しているのだそうです。

 

振り返れば、リフレクティングプールの向こうにワシントンモニュメント。映画『フォレスト・ガンプ』で、軍を除隊したフォレストと幼なじみのジェニーが再会し、このプールの中で抱き合うシーンがありましたね。
リフレクティングプールに映りこむワシントンモニュメントやリンカーン記念堂は、ワシントンDCで最も印象的な風景のひとつだと思います。この時は、改修工事のため水が抜いてあったので、水面に反射するモニュメントは見られませんでした。

 

記念堂の中には、しばしば最も偉大な米大統領と評され、今も国民から尊敬を集める第16代大統領、エイブラハム・リンカーンの座像。高さは6メートルあります。

 

威厳に満ちた表情の中に、どこか温もりを称えたまなざしが印象に残りました。

 

南北戦争最大の戦いの舞台となったゲティスバーグ。その戦いの4か月後に行われた戦没者追悼式におけるリンカーンの演説全文が、記念堂内壁に刻まれていました。歴史的なゲティスバーグ演説ですが、意外に短かったのですね。(約2分の演説だったそうです)

 

リフレクティング・プールの両側には、木々に囲まれた遊歩道が続いています。この日はめちゃめちゃ日差しが強くて、ほんのわずかな木陰でもありがたかったです。自転車で売り歩くアイスクリーム屋さんが家族連れに大人気でした。

 

そこかしこに姿を見せるリス。アメリカのリスって人懐っこくて癒されますね。

 

リフレクティングプールの先には、噴水池を中心にPACIFICとATLANTICに分けられた第二次世界大戦記念碑(World War Ⅱ Memorial)があります。

 

ナショナルモールの中心にそびえ立つワシントンモニュメント。1848年に着工しましたが、南北戦争の中断を経て1884年に完成(高さ194メートル)。1889年にパリのエッフェル塔が完成するまで、世界で一番高い建築物だったそうです。

 

モニュメントの周囲をぐるりと星条旗が取り囲んでいます。こういうところは、いかにもアメリカらしいですね。40年近い歳月をかけて建設されたため、外壁には3種類の白大理石が使用されることとなり、モニュメントの色が変わって見える部分があります。

 

ナショナルモールの南、タイダル・ベイスン(ワシントン運河にポトマック川の水流を導くための人造的な入り江)のほとりに建つジェファーソン記念館(Tohmas Jefferson Memorial)。1943年、第3代大統領トーマス・ジェファーソンを記念して建立されました。角型と円形を組み合わせた建築様式は、ローマのパンテオン神殿に似ていますね。

 

朝から歩きっぱなしの一日。日差しも厳しく、長年の持病(腰痛)の兆候も出始めたため、地下鉄でいったんホテルに戻ってひと休みすることに。
写真は、ブルー・イエロー・グレー・オレンジ・グリーンラインが通るターミナル駅、レンファントプラザ。ワシントンDCのメトロ駅は統一感があり、全般に広くてきれいです。地上と同じく、実に整然としていました。

 

翌日はワシントンDCからボストンへの移動日。ホテルからレーガン国際空港まで、本来ならイエローラインで直通なのですが、メトロ新駅の建設工事の影響で一部区間が不通となったため、途中駅Pentagon Cityから臨時バスに乗り継いで空港に向かいました。

 

Pentagon Cityにもレーガン国際空港にも、案内板や係員が配置されていて、きちんと誘導してくれました。アメリカって、こんな時の対応がしっかりしていますね。

 

ロナルドレーガン・ワシントン国際空港。到着時と同じく、ターミナル2 Cゲートからの出発です。

 

ゲート付近のテーブル席で、搭乗機の到着を待つジェットブルー航空のパイロット二人に話しかけられ暫し談笑。ささやかな国際交流を楽しみました。
日本のプロ野球ファンだという副操縦士。スマホアプリで日本語の練習をしているそうです。6人の子供の父親で、家族で野球チームを作るのが夢だとも言っていました(笑)

 

二人が搭乗する機材がスポットに到着。右の穏やかな紳士(機長)が、「アメリカン航空よりジェットブルーの方がずっといいから、次は是非ジェットブルーに乗ってね」と言い残して、出発準備のためゲートを通過していきました。

 

彼らが乗り込んだジェットブルーのエアバス。私たちと同じく目的地はボストンです。

 

私たちのアメリカン航空も、ようやくロナルドレーガン国際空港を離陸。離陸直後、左手に見えてくる特徴的な五角形のビルはペンタゴン(国防総省)。その奥に広がる緑のエリアは、アーリントン国立墓地です。

 

幾何学的に何層にも連なる建物は、世界最大のビルディングと言われます。

 

ワシントンDC→ニューヨーク→ボストンはほぼ一直線のルート。離陸して30分、ハドソン川とイーストリバーに挟まれたマンハッタンが見えました。摩天楼やセントラルパークもよくわかります。ニューヨークを離れて2日しか経っていないのに、何故か懐かしい…… (^^ゞ

 

日本を出発し、初めてアメリカ東海岸に降り立って1週間が過ぎました。エネルギッシュでエキサイティングなニューヨーク。整然と美しく均整がとれたワシントンDC。まったく表情の異なる二つの都市を体験しました。次の滞在は、アメリカ建国の歴史が息づくボストンです。

今年の初ライム

わが家のライム、フレーバーグリーン。今年も順調に育っています。そこで、ワシントンDCの記事の途中ですが、初収穫したライムを先にアップしたいと思います。
この写真に写っているのは10個ですが、葉の陰になって見えない実が二つ。去年は5個でしたから、今年はその2倍は収穫できそうですヽ(^o^)丿

 

今年の初ライム。待ちきれず収穫してしまいましたのでちょっと小さめです。もう少し置いた方がよかったかも…… (^^ゞ

 

瑞々しい断面。

 

ラム酒のロックで初ライムを味わいました。

 

フレッシュで爽やかな香り。

 

もちろん、コロナとの相性もぴったりですね。

 

旅行記から離れた寄り道ついでに週末の男子ごはんを……。今回はカレーとそうめんです。

《夏野菜のキーマカレー》
タマネギと挽肉をじっくり炒めたキーマカレー。

 

夏野菜はトマト、ナス、ピーマン、パプリカ、ズッキーニ。カレー本体とは別に、オリーブオイルとカレー粉で炒めてから加えました。

 

《ニラにおぼれる甘辛あえ麺》
Kajirinhappyさんのブログで知った「にらにおぼれる甘辛あえ麺」をリピ。今回はレシピの稲庭うどんではなく、揖保乃糸を使いました。
茹でて水を切ったそうめんにサラダ油(ピーナッツオイルの代用)を回しかけて和え、炒めたひき肉を載せます。

 

更にその上に、全部を覆い隠すほどたっぷりのニラをトッピング。

 

手早く全体を混ぜ合わせたら、器に取り分けます。酷暑の夏にぴったりのスタミナまぜ麺です。

 

築18年のわが家。妻と相談して、システムキッチンを取り換えることにしました。妻が使いやすければそれが一番なのですが、ひとつだけ18年前と変わったことがあります。それは、週末は私がキッチンに立つようになったこと。そのため今回は、天板(今はワークトップと言うそうです)を少し高くすることにしました。キッチンのことなのに、私にとってもちょっと嬉しいリフォームになりそうです(笑)

 

 

世界一周航空券の旅~ワシントンDC ① アメリカ合衆国議会議事堂

かなり間が空いてしまいましたが、ふたたび旅の記録に戻ります。
前回は、ニューヨーク・ラガーディア空港からワシントンDCに向かう機内に乗り込んだところまで書きました。私たちが搭乗したアメリカン航空4337便は、パイロット交代のため既にこの時点で3時間遅れていたのですが、その後さらに離陸待ちのため30分ほど誘導路上で待機。ニューヨークを発つまでにずいぶん時間がかかりました。(写真は前方のFRONTIER航空。これに続いて、ようやく滑走路に進入します)

 

離陸して1時間。ポトマック川左岸(手前側)に広がるワシントンDCの街並みが見えてきました。

 

ロナルド・レーガン・ワシントン国際空港、ターミナル2に到着。

 

ワシントンDCには、規模が大きく日本からの直行便も就航するダレス国際空港(IAD)と、比較的コンパクトで国内短中距離線が主体のロナルドレーガン国際空港(DCA)があります。このレーガン空港はDC中心部から近く、メトロ駅が隣接しているのでアクセスが非常によいのが特徴です。

 

バゲージクレームはレベル1。レベル2がメトロ駅に直結しています。

 

地下鉄ブルーラインとイエローラインが乗り入れるRonald Reagan Washington National Airport駅(列車が出た直後なので閑散としています)。
地下鉄・バスともクレジットカードのタッチ決済やApple Payなどに対応しているのはニューヨークと同じ。ただ、7日間の積算料金が上限に達した以降は、何度乗っても無料(乗り放題)になるキャップ制はありませんでした。

 

ホームから見たレーガン国際空港。ターミナルから「M(メトロ)」の表示に従って建物内を歩けばホームに辿り着きます。

 

15分ほどでホテルの最寄り駅、Gallery Place / Chinatownに到着。駅を出たら目の前に中華街の門。ワシントンDCでは、道路を渡ってすぐのMotto by Hiltonに2泊します。

 

朝食は1階のカフェで。初日、2日目とも、ホテルのミールクーポンを利用しました。

 

コーヒーとハーブティー、クロワッサン2種とスモークサーモンのベーグルを注文。ハーブティー(カモミール)がめちゃめちゃ美味しくて、翌朝も同じものを頼みました。

 

ワシントン観光は、アメリカ合衆国議会議事堂(US CAPITOL)のガイド付きツアーからスタート。朝食を済ませて、ホテル近くのバス停から出発します。

 

1本目のバスはほぼ時間どおりに到着。数ブロック先の国立公文書館で、次のバスに乗り継ぐ予定……でした。

 

国立公文書館(The National Archives)の前で下車。20分も前からバスを待っているというアメリカ人親子と一緒になり、その二人も私たちと同じ時間帯でCAPITOLガイドツアーを予約しているとのこと。通行規制のためバスが来そうにない、UBERを呼んだから一緒に行こうと誘ってくれました。ありがたい申し出に感謝し、半分は払わせてほしいと頼んだのですが、来年は日本に行くからその時に奢ってくれ……と、どうしても受け取ってもらえませんでした。
(今回の旅では行く先々で多くの人から親切にしてもらい、ほのぼのと温かな気持ちになることが何度もありました。この朝の出来事がその最初だったと思います)

 

コンスティテューション・アヴェニューを挟んで議事堂の向かいにある建物は、ラッセル上院議員会館(Russell Senate Office Building)。地下には、議員会館と議事堂を結ぶ議員専用の地下鉄が運行しています。これ以外の議員会館にも、専用地下鉄が3本ピストンしているそうですから、アメリカってすごいですね~。

 

ラッセル上院議員会館の交差点を右折すると、そこがアメリカ議会議事堂(US CAPITOL)。守衛所がありますが、地上の敷地内は誰でも自由に入れます。
バスがなかなか来ないので焦りましたが、UBERに同乗させてくれたおかげで、遅れることなく到着しました。

 

高さ88メートル、直径29メートルの巨大ドームを戴く白亜のUS CAPITOL。ワシントンDCの東寄りに位置していますが、この議事堂が首都の中心とみなされています。

 

ドームを中心に南側(左)が下院、北側(右)が上院。ワシントンDCの住所表示にはすべて「NE、NW、SE、SW」の区分があり、その基準となっているのは、このドームの中にあるロタンダという円形ホールです。
ちなみに日本の国会議事堂も「白亜の殿堂」と呼ばれ、四角い塔の部分を中心に左側が衆議院、右が参議院という似たような構造となっていますが、雰囲気や規模はずいぶん違いますね。

 

US CAPITOL ビジターセンターの公式HP(https://www.visitthecapitol.gov/explore/the-capitol)からガイド付きツアーを申し込むと、このようなチケットが添付されたメールが届きます。米国人だけではなく誰にでも開放されており、費用もかかりません。ただ、人気が高くすぐに枠が埋まってしまうので、早めの予約が必要です。

 

議事堂の東側正面と広場の下には、地下3階 54,000平方メートルの広大なビジターセンターが設けられています。写真は地下1階ホール(「奴隷解放ホール」と呼ばれています)。中央奥の彫像は、議事堂円形ドームの上に設置されている自由の女神像の等身大石膏模型です。外からだと実感がわきませんが、近くで見るとこんな大きな像が載ってるんですね。

 

この小劇場でオリエンテーション映像を観賞した後、15名ずつくらいの小グループに分かれてガイドツアーが始まります。

 

ガイドによる説明が最初に行われる部屋、クリプト(Crypt)。ドームの中にある円形ホール(ロタンダ)の真下の部屋で、40本の円柱とアーチ天井がロタンダの床を支えています。(赤いジャケットを着ているのが、私たちのグループを担当してくれたガイドさんです)

 

階段を上って、上のロタンダに移動します。

 

US CAPITOLの中心、円形ドームの真下の部屋 ロタンダ(Rotunda)。海外からの賓客を迎える場であり、歴代大統領や議員、傑出した市民の国葬が営まれる部屋でもあります。壁には、アメリカの歴史を象徴する8枚の大きな絵が飾られています。写真はウィリアム・パウエル作「ミシシッピ川の発見」。

 

こちらは、ジョン・トランブル作「独立宣言」。1776年6月28日、独立宣言の最初の草稿が第2回大陸会議に提出された場面です。この日から1週間を経ない7月4日、独立宣言が正式に公布。これ以降、”Fourth of July” は独立記念日(インディペンデンス・デイ)として、クリスマスや感謝祭と並ぶ最も米国らしい祝日となっています。

 

同じグループの男性が手にしているのは、ほとんど流通していない稀少な2ドル紙幣。この紙幣の裏面にデザインされているのが、上のジョン・トランブル「独立宣言」なので、それを見せてくれているのです。私自身、2ドル紙幣を目にするのは初めて。存在すら知らなかったので、貴重な体験でした。
写真右下に写っている二人の少女は、好奇心が強く勉強熱心で、ガイドさんの説明に興味津々。疑問に思ったことは何でも、繰り返し質問していました。小さいころからの環境や教育の違いなのか、自分の意見や主張を言葉にする積極性に改めて感心しました。

 

ロタンダには、歴代大統領(ジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファーソン、アイゼンハワーやロナルド・レーガン等々)やマーチン・ルーサー・キング牧師などの彫像も飾られています。(写真はロナルド・レーガン第40代大統領)

 

ロタンダの美しい天蓋。外から見ると円形ドームとなっている部分です。

 

天蓋部分に描かれているのは、コンスタンチーノ・ブルミディ作「ワシントンの神化」。

 

最後に訪れたのは、半円形2階建ての国立彫像ホール。かつては50年間に亘って下院会議場として使用されてきたことから「旧下院会議場」とも呼ばれます。全米50州から寄贈された、州を代表する人物の彫像が展示されていますが、ツアーの中ではゆっくり観賞する時間がなかったのが残念でした。

 

寄贈された彫像の一部は、ビジターセンター地下1階(奴隷解放ホール)にも展示されています。ハワイ諸島を統一しハワイ王国を建国したカメハメハ大王像もありました。これで、ホノルルのダウンタウン、大王生誕の地ハワイ島北部カパアウと合わせ、全3体のカメハメハ大王像を全て見られたと思っていたのですが、今回調べて見ると、このほかにハワイ島ヒロにもう1体、全部で4体の大王像があるのだそうです。

 

ニューヨークの南西370㎞に位置するワシントンDC。アメリカ議会議事堂やホワイトハウス、様々な政府機関などの首都機能が集中する政治・行政の中枢であると同時に、ナショナルモールを中心として歴史的建造物や博物館・美術館が整然と立ち並ぶ芸術・文化都市でもあります。林立する摩天楼が象徴するように、エネルギーが垂直に集積されたニューヨークに対して、ワシントンDCは、水平に広がる静かで落ち着いた街という印象。その分、どこに行くにも区画が広くて、想像していた以上に移動が大変でした。次回は、ナショナルモール周辺の散策をアップしたいと思います。